こんにちは。予防獣医師の直良(なおら)です。

今回は「理想的なペットの最期の迎え方・看取り方」というテーマでお話します。

要するに、愛するペットの死をどう迎えるのか?ということです。

愛するペットの理想的な最期の迎え方というのは、もちろん飼い主さんによって異なります。飼い主さんの価値観や、これまで暮らしてきた背景などを無視して「こういった迎え方が最高です」「こういう迎え方はよくない」なんて言えないですよね?

理想は飼い主さんがしっかりとした意思を持っていること、そしてコンシェルジュがあることだと思いますが、ここではそんな「ペットの最期の迎え方」について考えていきたいと思います。

理想的な最期の迎え方はなぜそんなに大事なのか?

なぜぼくが「理想的な最期の迎え方」を重要視するのか?

その理由は、ぼくの強烈な体験にあります。


ぼくは動物救急医療に従事していました。
動物救急医療という現場は、生死にかかわる症状が出て、飼い主さんが駆け込んでくる場です。そして、診察や検査、治療中に愛するペットの死を迎えることも多い場なのです。
また、救急病院は夜間での入院管理も獣医師が担当します。いつ亡くなってもおかしくない状態で、入院させるのか?治療をあきらめて家に連れて帰って看取るのか?その選択をするような場でもあります。

心原性肺水腫という、心臓が悪化して肺に水がたまる病気があります。この病気は「五分五分の病」といわれる病気で、生きるか死ぬかは治療を受けてもそのくらいの割合だというかなり厳しい病です。
ぼくが夜間の入院を担当したときに、酸素療法は当然、心臓を強くするクスリ、血圧を維持するクスリ、肺の水を取り除くクスリなど、多くの維持療法を受けていました。その日の夜は急変はありませんでしたが、バイタル(生命の状況)もかなり悪化していっていました。意識もありません。かろうじて自力で呼吸できている状態です。治療が病気の悪化に追い付いていなかったのです。なので、もう次の夜の入院の際には家に連れて帰られているのかな?自宅で看取られるのかな?と思いながら夜間を終え引継ぎをしました。

すると、次の夜間、ついに病状がより悪化して「挿管管理」つまり人工呼吸器につながれていました。ぼくは「え、なんで帰ってないの?」と思いました。そして、その夜間に心拍が急低下し、すぐに飼い主さんい連絡しましたが、組成処置もむなしく亡くなってしまいました。亡くなったのは飼い主さんお到着後でした。

その時、飼い主さんはこういったのです。

獣医さんは「○○ちゃんは本当に頑張ってます!治る可能性はゼロではありません!」といっていたので、そのまま期待してお預けしました。
でも素人目からしてみても、悪化しているのはわかりました。
だから、連れて帰るということも言い出そうと思ったのですが…
おうちの方がこの子は安心して最期を迎えられたんですかね…?

と泣きながら質問してきました。

ぼくは
「でも、最期に懸命に駆けつけてくれた飼い主さん、そして今まで一緒にいてくれたことに感謝しているはずです。」
と言って、飼い主さんはぼくに感謝を告げて一緒に帰られました。


これはぼくが動物救急で実際にあった経験ですが、このようなことは毎週のようにありました。
そして、最期のを迎えたときに飼い主さんに非常に強い「後悔の念」を抱くことがとても多いのです。最悪ペットロスにつながると考えています。

また、最期の迎え方は、ペットがなくなった後にも飼い主さんに大きな影響を与え続けます

たとえば、飼い主さんが30歳の時に、わんちゃんと暮らし始め、15年で愛犬がなくなったとします。そして、飼い主さん自身は75歳まで生きたとします。

すると、愛犬と暮らしたのが15年間ですが、愛犬をなくしてからは30年。倍の時間を過ごすことになります。
これはどういうことかというと、愛犬との楽しい暮らしは15年続きましたが、最期の迎え方次第では、強い後悔の念を30年持つことになるのです。

実際にこういうことで苦しんでしまう飼い主さんはとても多いのです。

そして、このような後悔の念は間違いなく、ペットたちは望んではいません。
絶対に望んでないのです。

しかし人間は感情のいきものです。後悔することもあると思います。なので、後悔しないような最期を迎えるということはとても大事なんです。

ペットの最期の迎え方にはペットライフの数ほどある

ぼく自身も、愛犬を亡くしたことがあります。愛犬の名前は「ミミ」といいます。

小学6年生の時でした。小学校の卒業文集にも愛犬ミミを亡くしたことを書きました。そこで、愛犬に対する感謝の気持ちを述べました。

ミミは0歳のころから同じ0歳で一緒に生きてきた愛犬です。とても長い間一緒にいましたが、実際亡くなったときは一緒にはいられませんでした。

亡くなった日に家に帰ると、家族が玄関の前に立っており、いまでもその記憶は鮮明に残っています。衝撃でした。急に亡くなったのです。

とても悲しかったし、涙も出ました。
しかし、後悔はしませんでした。
絶対にしませんでした。


後悔してもミミは喜ばないと思ったからです。

ぼくはこの時から、死という概念を考えるようになりました。
そして、獣医師となり、ペットの死の迎え方にはそのペットの数ほどあることがよくわかります。同じ「死」だとしても、それまでのペットライフ、どんな理由で亡くなるのかなど、さまざまだからです。

  • 突然死(急性疾患)
  • 事故死
  • 自宅で眠るように亡くなる
  • 自宅で症状を出しながら亡くなる
  • 病院の入院中で家族がいる状態で安らかに亡くなる
  • 病院の入院中で家族がいる状態で症状を出しながら亡くなる
  • 病院の入院中で家族がいない状態で安らかに亡くなる
  • 病院の入院中で家族がいない状態で症状を出しながら亡くなる
  • 症状が出て病院へ連れていく最中に亡くなる
  • 病院ではない施設で亡くなる
  • 安楽死

これは本当に大雑把に分けた場合ですが、想定されうる最期の迎え方というのはまだまだあります。

最期の迎え方はペットの命の数ほどあるのです。

また、安楽死という選択も動物の場合はあります。クスリを使用するのですが、意識をなくして痛みを感じさせなくさせてから、心臓を止めるクスリを入れるのです。

痛みや苦しみはなく、しかも飼い主さんの同意を得てから行うので、飼い主さんのいる場で看取ることもできます。

安楽死に関しては、動物病院の方針が強く出ることが多いです。安楽死なんて絶対にやらないという病院もあれば、飼い主さん希望や同意があればする病院もあります。

大事なのは

最期の迎え方は100%飼い主さんが決めるなんてことは無理なんだ

ということを理解しなくてはなりません。

最期の迎え方に答えなんてない。でも理想はあるはずです。

結論、最期の迎え方に答えなんてありません。絶対的な答えはないんです。

しかし、理想的な迎え方というのはあるのではないでしょうか?

  • 病院で亡くなるのではなく、安心した家で亡くなるほうが理想。
  • 病気で症状が出るよりも、安らかに亡くなるほうが理想。
  • 無駄な治療を受け続けるより、自然な姿で亡くなるほうが理想。
  • じわじわと苦しみながら1週間生きて死ぬより、安楽死を選択するほうが理想。

理想的なペットライフを実現することはとても大事です。
そして、それは理想的な最期の迎え方まで考えることだと思います。

理想の最期ありきの暮らし方とも言えます。

現状、多くの飼い主さんは

「最期の迎え方は最期にならないと考えない」

ことが多いです。
もちろんすべての飼い主さんがそうといっているわけではありません。ただし、多くの場合、死についてあまり考えません。

「元気な時から考える必要なんてないでしょ?」

といわれるかもしれません。しかし、死というものは必ず訪れるんです。そして、死という経験は、死後の飼い主さんにも大きく影響するんです。

多くの場合、飼い主さんは最期の迎え方についてしっかり考えていないことが多いです。

逆に、動物救急で多くの最期を経験し、後悔しない飼い主さんの共通点がみえてきました。

自分自身に自信がある

愛するペットのことを信頼している


そして感謝を忘れていない


これらが共通点です。

「自信・信頼・感謝」

もちろんこの場合の後悔しないというのは、決してペットの死を悲しまないような人ということではありません。

このことを、どうか忘れないでほしいのです。

生きているときがすべてではありません。

亡くなった後も魂は生き続けると信じていますし、
飼い主さんが悲しむことはあっても、後悔ばかりすることを望んでいません。

愛するわんちゃんやねこちゃん。パートナーの死を迎えるときは

自信と信頼と感謝を抱き続けること。

本当にこれは大事だと経験で感じました。

ぼくも新しくペットライフコンシェルジュという

「理想的はペットライフの実現」するためのお仕事をしておりますが、

「理想的な最期」について飼い主さまとしっかり考えていくことを忘れないようにしていきます。



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